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社会人として

昨日で就職してから1ヶ月であった。毎日ギリギリの生活にもやや慣れ、プチ寝坊もするようになった。ここでの生活は今までの思考を否定し、完全ポジティブ人間を求める環境であった。

 

「今のお前の状態は過去のお前の結果だ。変えたいなら今を変えろ。」

 

「180度変わらなければ足りない、お前に足りないのは人間としての在り方だ」

 

「苦労は買ってでもしろ」

 

 

どれも今までの自分とは逆のことばかりだ。1ヶ月は耐えた。思考も少し変わったのかもしれない。これでおれは幸せだろうか?そこそこの給料も確定した今だが、虚無感に包まれる。

 

孤独。今までこの1ヶ月目を背けてきた現実。人は強くないから何かに支えられる、救われる。人を信じてこれなかった自分が、今少しずつ人を頼り始めている。とても苦しい。

 

ブラック企業か否かは人それぞれの解釈次第だろうが、今の自分より働いてる人はヤバイという基準はできた。そこまでして自分は何を手に入れたいのだろうか。何に固執しているのだろう、今働く理由は食いつなぐ為であるが、いつ消えてもいいという気持ちは今でも残っている。それらを耐え、薄め、自分の身にすることが生きるということなのだろうか。

 

価値の喪失。生きがいの喪失。宙ぶらりん。

 

おれは成長したのか、退化したのか。そしてまたらこの先になって今を振り返ると「いい経験だった」と言うことだろう。それがどう言う意味かも知らずに。

成り上がり

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Twitterで知り合った大学教授の方に本を贈っていただいた。それほど関わらなかった盆暗なおれに「きみが今一番読むべき本を送ってやるよ」と言っていただいた。

 

とりあえず最近の自分、昔の自分を懐かしみながら記事を書きたいと思う。

 

高校時代、部活に明け暮れた。中学から続けていたバドミントンが死ぬほど面白くて、筋トレ体力トレなんて嫌いだったのに、自分から率先してやっていった。強豪ってわけではなく、平凡な学校だったけれど、顧問に恵まれた。おれの頑張りをどっかで認めていてくれたんじゃないかな、と思う。いい結果は出し切れなかったけど、終始バドミントンに明け暮れた。朝練なんて誰も来なかったけど、朝6時半とかに校門前着いて、学校開くの待ってるなんて日常だった。相手がいないからひたすらサーブの練習してた。中学のころからサーブは上手かったんだけど、高校ではさらに練習した。同じ都道府県じゃ、トップ10には入れた気がしたな。笑

朝連に誰もいなかったってのは、半分嘘で、大抵はおれ一人だった。2年の夏大会までは、男子女子の先輩が一人ずついて、練習してた。ちなみに言えば、おれ含めて朝連にいたその3人が、高校に一番遠い3人だった。その先輩らが卒業して、いよいよおれ1人の朝連になった。けど同期の女子部員で、すごい頑張り屋さんがいた。その子を朝連に誘ったり、おれが個人で行ってる練習とかに誘ったりして、一緒になるようになった。最終的にその子と色恋沙汰で問題起こして、最後殺気立ってたな…。今会っても殺されるような気がする。

 

3年夏の最後の大会も終わっていよいよ受験モード。かと思えば、うちの高校は相当バカなので、そんな雰囲気にもならなかった(特にうちのクラスは)。今検索したら、偏差値45らしい。一応公立だから最低とかではない。まあ華のJKだか、真面目にやってる奴はかっこ悪いだか知らないけど、おれは超勉強し始めた。今思えば背伸びの勉強ばっかしてし、バカの高望みでしかなかったな。周りから見ればやっぱ「うわ勉強してる、そっとしておこう」みたいになるのね。そうしたらどうなるかって言えば「孤立」。高校で受験したとき、誰一人仲間だとは思えなかった、「受験は団体戦」とか死ねよと思った。で、年内に受験と結果が出る公募、指定校、AO、短大、専門なんかに進路決めた奴らは多くて、やっぱ悔しかったなあ。そのとき初めて「何で勉強しなかったんだろう」と思った。指定校なんかは1,2年のころの頑張りだし、まあ公募にしろAOにしろ、別に裏口じゃないからそこはちゃんとすげえと思った。

でも、だ。年内に受験終わったのがクラスの9割くらいかな。32人クラスだったから、ちゃんと私立センター試験を受ける予定だったのは4人。そのうち国公立志望がおれ含めて3人だったけど、本命で国公立志望してたのおれだけじゃないかな。まあとにかく、受かった奴らは騒ぐんだよね。そりゃそうだよ、未来が決まってるもんな。おれら残り物は気にせず遊び始める。本当にいつ殺すかわからなかったと思う。

センター受験した2人も、言えば記念受験みたいなもので。滑り止めに心射止められて堕ちた。結局おれも勉強できなくて、大学に落ちた。この頃に人嫌いが始まった気がする。

 

予備校で浪人。このあたりも地獄だったな。みんなすげえ賢いの。カッコつけて賢いふりしてたけど、まあこの1年でも結局駄目だった。続いて2年目、自宅浪人。1年目で基礎体力くらいはできていて、模試も悪くなかったりしたから思い切ってトップ大学に目標をシフト。でも高いのは目標だけで、やっぱ行動できなかった。目標立てて満足するって言う典型になっていたな。これでも結局駄目、いよいよ岐路。

行ける大学に進学するか、働くか。この頃から「自分は頭が悪い」っていう思いに支配されるようになってた。勉強向いてない、って。そして2年目の浪人で中島義道の「哲学の教科書」に出会ってしまった。そしたらもう、マイノリティである自分が誇らしくなっちゃって、ちょっと病気にかかった。まあ結局大学はいつでも行けるだろってことで、保険を残しつつフリーターになった。得た金は哲学思想の本に消えて、本当にどっぷり浸かった。「おれの生きる道はこれしかねえな」と思ったりとか。それは今でも思ってるけど、なんか最近はそういう気持ちは薄れていて、いかにおれの興味にフォーカスされているか、とか単純な興味としての正しさの追求とか、結構自分の思考に沿った思想を選ぶようになってきている。

 

で、実家には散々迷惑かけて、いよいよ大学にも行かねえってなったら東京出るしかないと思った。バカだし、妙にステレオタイプな人間だから、東京なら何でも出来ると思ってた。親のことも嫌いだったし、そのまま身体ひとつで東京に来た。今時こんな奴いるのかな、目的もなく夢もなく東京に来た。東京に来たらなんか見つかるだろうっていう、完全な受身人間だった。それが今年の2月。

京都で働いてたチェーン店で話を通してもらって、住む近くの店舗で働くことになった。ここが少し良くて、完全に0からじゃなかった。まあそこで働いてて気づいたのは「ここの人ら接客舐めてるだろ」ってこと。飲食店だったんだけど、やっぱ飲食店である以上回転率重視。それはわかる。ただ、回転率重視して接客サービス下がるのはクソ雑魚ゴミクズ。おれはそうはならねえって思って、抗った。接客に超時間かけるようになった。そこで飲食店としての働き方におれと同じように不満持ってた人が2人いて、ウマが合った。1人は半年前やめちゃったけど、もう1人とは一緒に頑張った。でもまあ、主権を握ってるのは上で、上の人らが立てた方針通りにおれらはやらなくちゃいけなくて、結構揉めた。1年半も働いてて、おれは意外と頭がキレるから混んだときにどうすればいいかとかわかってる。で、支持出しの人間がトロかったり、バカだったらムカつく。で、散々口出しして呼び出し食らうとかもあった。これは結構最近。笑

 

上の人間は上の人間でやること多いから仕方ないと言われて、仕方なく納得してあげた。でもおれはそいつらをただのバカだと思ってるし、仕事が多少増えて要領図れない奴は指示出す側にいない方が精神的にもずっといいと思うけどね。メンタルが弱い奴に指示出しは出来ない。

そんなこんなで11月まで働いてたんだけど、Twitterで仲良くしてる人に就職の話を相談したらちゃんと応えてくれた。「君の社会的実力の低いうちは苦悩するのは仕方ない。たくさん叱られて、その中でその叱りが果たして自分に責任があるものなのか否かという目を養え」こんなことを言われた。ここですごくモチベーションあがって、それは今も持っている。

 

それで就職するつもりだったんだけど、直ぐ自分が面接通るなんて思わなかったからJAICって就職支援会社を使うことにした。「なんか2週間研修ってのがあって結構厳しいらしい、厳しいとこ受ければなんとかなるだろ」と思い利用。ぶっちゃけキツかった。前回の記事でも書いたとおり、自意識に直面した。自分がバカで、不器用で、下手糞で、コミュニケーション下手で…列挙すればキリがないくらい気づいたし、言われた。で、2週間研修は卒業するものの面接で頓挫。そんな直ぐには落とし込めなかったらしい。なんとか3社の個別面接に進むことが出来たものの、最初に受けた不動産は「笑顔が不自然」ってことで落ちる。2社目の運送会社(の事務職)は無事内定が出たものの、何より遠い。そして3社目への気持ちが強すぎて内定を蹴った。3社目が運命的だったと思う(まだ働いてもないけど)。中小企業ながら、面接に超力を入れてる。新卒採用なら5次面接まで、中途採用なら3次面接までって感じ。そして社長が高卒だった。何よりそれに惹かれた。具体的プロフは挙げられないけど、カリスマ。もうここしかねえ、と思った。

1日目の面接、今回は3人選考者がいた。20問くらいのQ&Aの回答をして、社長から企業紹介を受けつつグループワークをこなる。昼休憩、選考結果でとりあえずほかの2人が落ちておれだけになる。社長いわくここで1/10に絞られるらしい。

社長と1対1での面接。社長室だからソファーに座るんだけど、高いソファーだから沈むのね。そしてら背筋伸ばせないんだよ。でも、面接だから無理に伸ばすでしょ?そしたらもう超不自然な格好。その面接が13時から19時くらいまであったんだけど、17時くらいでさすがに無理になった。社長が気づいて姿勢改善椅子みたいなの持ってきてくれて、パイプ椅子で面接。

最後まで聞いたら最終面接には進めることがわかった。「ただ、姿勢悪いね」といわれて頭真っ白。これ落ちた?と思った。そしたら「ここまで企業に近い考えを持っていて、つまらないことで落ちるの嫌でしょ?次現場同行では頑張りな」と言われて九死に一生を得たと思った。

 

最終面接、つい数日前のことだった。会社に入った瞬間から「笑顔・挨拶・爽やかさ」。これは全部出した。まあ飛び込み営業なんだけど、その現場同行試験。現場の人らとのコミュニケーション、あとは実際に訪問したり、シュミレーションを社長の前でやって問題ないか判断される。車の中で3枚の用紙を渡され、シュミレーションの台詞が渡された。全部覚えろってことだ。社員の人は「全部覚えなくてもいい」って言ってたけど、何が罠かわからないし、おれここ落ちたら無職だし、本気出した。切迫感出して短期的集中すれば短期記憶力が上がることを知ってたから、15分集中して読み込んで、声に出して、社員の方にシュミレーションしてもらいながら覚えようとした。結果、たぶん全体の流れは1時間程度で覚えて、言葉やニュアンス、感情混みまですると2時間くらいでもう覚えてたと思う。

2件目くらいでもう実際に訪問してみて、うまくいかなかった。反省して次は笑顔を、次は声の大きさを、次は関西弁を…って工夫してたら、もう相当仕上がってた。社員の人も、覚えるの早い、飲み込みも早い、業務的なことを教える必要なかったけど教えた、と言ってくれた。

 

ただ、途中事故った。中央分離帯にぶつけて、動かなくなった。結局レッカー呼ぶ羽目に。おれは頭打ったけど無事だった。気持ちが弱かったらもう少し痛めていた気もする。そんなこんなで帰社。社員の人らは「大丈夫だよ」と言ってくれたけど超不安。社長の前でうまくやれるか、どうなんだ、と。最後の調整で言葉をまだ覚え切れてないものを100回書いたりして、同行してくれた社員の方に最後のシュミレーションをやってもらったりした。

いざ本番。社長の前でシュミレーション、本来の1/2程度のところで打ち切られる。「え?」って感じ。本当に落ちたと思った。その後社長室に呼ばれ「やりきった?」と聞かれて「やりきりました」と答える。そしたら動画再生されて「内定おめでとう!」と表示、泣いた、初めて社会に認められた瞬間だった。本当に嬉しかった。

 

こうして無事就職決定。いろんな人におめでとうと言ってもらえた。

途中いろんな人に助けられたし、その人らなしでおれ生きてないと思うくらい。だからおれにしては珍しくすごく感謝してる。そんな中、最初の本を昨日貰って読んだ。ここでも泣いた。矢沢永吉って名前と顔と声しか知らなかったのに。

 

完全に自分と重ね合わせてしまった。東京に夢を持って飛び込もうとしたけど、横浜での生活(おれは東京に行くと言いつつ、ほとんど行動は横浜)。常に周りを置いてきぼりにするほどに気迫と、夢(これなしで今回おれは内定もらえなかったろう)。など。すげえデカイ人だと思ったし、今の自分には夢があって、それはとにかくトップに立とうっていう夢。会社の中を2日間体験して「この人らとは働ける」と思うくらい気持ちの高い人たちばかりだった。けれど、おれはまったく負けてないと思った。むしろ、全員を置いてきぼりにできる成績を上げられるくらいの自信が今ある。

矢沢も言っていた。『コネもなければ親戚もなければ友人もいなくて、一から自分の手で触って。…関東にきて、コネがまったくないってことは、想像以上にエラいことなんだよ。』

本当にそうだ。エラい目にあった。正当な理由なんかなかった、ただ親が嫌で家出してきたに近い。何度か連絡はしたけど、やっぱあそこはおれの帰る場所じゃないと思った。おれが腐ると思った。だから居場所がなかったんだよな、おれは1人とでも密接に関わりたい状態やけど、相手からしたらいい迷惑だ。だってただの「1人」でしかないわけなのだから。そんな状態でヒイヒイ言いながらネット伝いに10ヶ月生きてきた。本当にその日暮だったと思う。家賃払って本買って飯食って、おれが不満なくものを買って、払ったらこんなにかかるのかと思った。おれは金遣いが荒い、下手糞である。

それでものし上がったと思う。ギリギリ。次はトップ成績を築くしかない。

 

 

おれは、多感なほうだと思う。すぐに誰か、何かに影響される。その動きが早すぎて、周りは迷惑してきたと思う。かといってブレーキングするのも嫌だと思った。人付き合いのために生きていない、それは昔からだと思う。高校までの知人とも連絡は絶った。別れた彼女とはどうあれ連絡しない。そういう性格をしている。

だが、妙に感傷的でもある。人に優しくあろうとしてしまう。これがつらい。放っておけるならどれだけマシか、自分のことだけに集中できたらどれだけ良いか。そういう枷を背負っている。でも優しくなることは悪ではないだろうし、それを迷惑と取るならおれとは離れたほうが良いよ、とずっと思ってる。人付き合いなんて、片思いしたら負けじゃんってね。おれは人付きあいで片思いしている、追いつきたい、対等に話したい、レベルアップして驚かせたい、いろいろあるが要するにリスペクトする人に認められたい。そのために必死こいて就職した。本も沢山読もうとしてる(ただ読めていたい)。

そういうものじゃないのか、とおれは思う。だからブレーキは踏まないでいたい、自分勝手でなけりゃおれは死んでしまうと思う。それは確実。だから今必死になって頑張ってる。こういうおれでも、関わってくれる人は、よろしくお願いします。

 

なげえ…。

近況―好転

前回「辞書」というタイトルの内容を書いた。初志貫徹一気に1年間で終わらせるつもりだったが、そうもいかずに100ページをキリに一時中断している。スミマセン、自分への約束守りませんでした。

 

就活をはじめた。最初はどっかには引っかかるだろうくらいで高を括っていたが、現実の自分を突きつけられて本当に絶句した。ネットで仲良くなった人たちが私のことをどう肯定的に解釈してくれようと、一般に関わる人たちは私に対して絶対に反感を持つという現実。

「そんな人と関わらなねえよ~」と楽観していたが、遭遇率99%である。中小企業に入ったなら1人もいない可能性のほうが高い。じゃあそういう人たちに当たり障りのない、もしくは気に入られる自分を作る必要がある。これが当面の目標になった。

文字で書けばあっという間だが、めちゃめちゃ辛かったです。今まで自分がパスしてきた課題を一気に全部突きつけられました。でも借金みたいなものなので、これを返済しなければ人間として生きられねえな、と思います。それを見ぬまま頭で乗り切れる人もいるかもしれないとは思いましたが、私は馬鹿なようで頭のみでは駄目みたいです。

 

もともと文章を書くことは苦手ではありませんが、ビジネス上での文章はこれらとまったく別物だなと知りました。いくら自分が重要だと思ったことについて長々と要約、批評したところで、一般人からは「で?」「長い」という返事をもらうだけ。ここの矯正が辛かった。また、私は思ったことはそのまま伝えてしまいがちで、そういう人間こそ「本物」である、なんて思想を持っていました。でも実際での人間関係でそれをやったら嫌われますよね、ヒラであれば下手したら普通にクビになるレベルかもしれない。自分の極端(だと最近知った)考え方を、うまく基準値に持っていく作業がここ2週間続いてます。

 

日常に、常識に、世界に対するヘイトを吐いたところでおれがただの高卒21歳無職である限り遠吠えも良いところです。だから、おれは今を耐え抜いて平気で生きられるようになり、必死になって上り詰めたい。大学受験を断念したことで大学に大して一方的なコンプレックスを抱えてきましたが、それは受け止めなければならない。自分は頑張れなかったから落ちた、だから今度は社会人として頑張って、自分を肯定できるようになりたい。久しぶりに21歳らしいフレッシュさを持てているんじゃないか、と思います。それでも老けて思われるだろうけど…笑

 

がんばります。

辞書

3日前から辞書の書写を始めた。

 

 

熟語本位 英和中辞典 新増補版

熟語本位 英和中辞典 新増補版

 

 

この著者に関する逸話は、多分ググればいくらでも拾えると思うので暇なときに見てみると面白い。

斎藤秀三郎 - Google 検索

 

それはまあいいとして、辞書を書写なんてあまりしている人いないんじゃないかな。突然はじめた訳としては、とにかく毎日継続する何かが欲しかったということ。それも、軽度の軽いものだったら一気に全部やってしまったり、サボったりするので、あえて負荷のかかる、手元にある一番利益率の高そうなものを選んだらこうなった。云ってみれば一度全頁全段に目を通すのが目的で、わからない部分を軽く炙り出す、そしてわかるところは理解を深めるのが目的。

 

書写といえば南方熊楠が浮かぶ。「興味のあることだけやる」という好奇心の権化のような人で、百科事典を読み、暗記し、家に帰って復元していたらしい。これは今で言う「映像記憶力」が強靭なタイプの人なのかな、と思う。あと、森鴎外なんかはドイツ語の辞書をいつのまにか全部書写してしまったらしく、これは毎日主義のひとつの目標点と言えるかもしれない。私の場合、森鴎外のエピソードによる動機が大きい。

 

今、辞書の書写を始めて3日目になる。1日5ページを書写するだけの作業だけれど、結構キツイ。1ページに約1時間かかり、5ページなら5時間かかる。結構な負担だけれど、いい眠気覚ましと頭の体操になっていて、朝目が覚めて顔を洗うより先に書写を始めていると、3ページ終わる頃には頭が冴えている状態(今は)。

 

ただ、今日は書写を終えると何もすることがなくて退屈してしまった。それなら書写を進めればいい、と云う話だけれど早く終わらせるのが目的ではなく、ほぼ1年間毎日続けるのが目的なので負荷を上げる必要はない、というかこれ以上上げると挫折しかねない。

 

私は読書が苦手で、どうもあれは睡眠導入剤的なものから抜け出せないらしい。それならこれも強制的に「目を覚まして読ませる」ために書写してもいいな、と思えた。もしくは教科書的テキストブックを全文書写すれば、今より多少知的レベルが向上してくれるんじゃないだろうか。手の痛みは続くが、意外と気持ちがいいかもしれない。

自己問答夜

「苦しさは何処からやってくるだろう」

 

―兎にも角にも「すれ違い」から来る。理想と現実のすれ違い、自分と相手のすれ違いのどちらかに大別することができるだろう。苦しさの解消には「時間」か「変革」が必要になる。今の私は「変革」を行おうとしている。間延びが地獄であることをしっているから、もがき続け、足掻き続けようとする。その苦しさをふと未来から眺めてみると、実は幸せであったと気付く。実地な積み重ねの作業が、自分の変化をよく感じられ、諦念に囚われないための実用的な方法である。

 

 

「努力ってなんだろう」

 

―世のため人のため、誰かからの承認を必要とする語彙である。自分で自分を努力したと褒めてあげられる人は一流である。だがそうした人であろうと、何かしら外の世界に放り出されると何をしているかわからない人になったりする。実務的なことと、観念的なことを行う私は別物だ、そう考えるのが追々楽になる秘訣だと思う。でも、そうした分け隔てが出来ない人、嘘をつくことが出来ない人は、延々と「努力・頑張り」という他者からの悲惨な言葉に身を黒く染め上げていってしまう。仕舞いには、自分と云う主体を信じることが出来ない、私が何者であるかわからない、誰かの顔色によってしか生活できない人、というふうになりかねないものだ。努力とはそれほどに、強烈で、怖い言葉でもある。

 

 

「言葉ってなんだろう」

 

―第一義的には、ツールである。人に伝えるにも、部分的に自分へ伝えるにもこれは必要になる。言葉同士がどこかに漂着し、新たな意味を生む。そうした自己生成によって生まれてくる言葉は、意味と云う沃野をさらに肥やしてしまう。そこから育つ木々植物は肥大化し、さまざまに分割され、分節する。同じ実を食べたものは同じ世界を共有し、異なる実を食べたものとは世界を隔てることになる。世界を隔てた者と、ある世界を共有するには同じ実を食べるしかないのだが、みんな一向に食べようとしない。異質なものを受け入れない、認めたものしか受け入れない、迎合をプライドと同次元で考えようとする。

 

 

「孤独ってなんだろう」

 

―いつか立ち返る位相である。肯定的に立ち返ればその孤独は有意義な孤独である。孤独である以上その空間での承認は自分自身の承認であり、そこでの否定は自己否定である。しかし、己れしか存在しない空間での否定は相当に有害である。であるが、肯定的に選び取った孤独を有するものには、そんなことは言うまでもないことだろう。否定的に立ち返ったものは、ひたすらそれと戦うことになる。見たくないものを見続け、弱り、それでも諦めることを許されない空間に身を投じることとなる。そうした生き方しか出来ない、不器用な人間だって居るのだが。それは私のようであり、過去の孤独な者たちでもある。

多数決

社会の多くは「多数決」を根底に持っていると思う。政治材料、政治史などを例に出さなくともそれはおよそ感じられる人が多いのではないだろうか。「多数決」とは「普遍・普通」「常識」にほぼ等しい意味を、私はここで使う。さらにこの「普遍性」は道徳感情や倫理心と結びつけて無言語下に暗喩されているようにも思える。ホットなテーマとして自分自身の体験があるので、一部改変しながら持ち出してみようと思う。

 

私は非-常識人で、ちょっとした道徳心は持ち合わせているものの、実社会を生きていくうえでの公的感覚(そんなのあるのだろうか)を持ち合わせていないようだ。これを病気に還元するのは簡単だが、いかんせん「中途半端」なものだから恐らくそこには帰着しない。例えば、寝坊して遅刻したりしてもどうも寝坊はなくならない。10を3には出来たが、1を0にはできなかった。そしてこの10を3に減らした私が、再び寝坊したとしよう。それに謝罪を求められる、10から3の努力は認められず、1か0かの世界で計られることになる。

当たり前なのだが、これが実社会の平均的様相である。

 

別の例を出そう。ある共同体の中に於いて、それぞれ役割が振られる。料理人、給仕人、支配人、案内人…諸々。私が立ち仕切る世界ならば、それぞれはそれぞれのことを行えばよい。それであるのに、どうも口出ししたがる人間が居る。そしてそういう人間はどうも「共通認識としてこれはすべきことだろ」と言う訳だ。常識ある人間は、それ以外の認識方法を持たないようで、自分の優位なようにしか解釈を行わない。その共同体で重要なことが何であれ、意見交流、指摘、反論、問題化…は一定のループである。そこの中で人間存在自体が問題視されるのであれば、その人間は疎外、迫害されるべきであるというのが「本音」の通常である。だが、こう簡単に割り切れるなら問題は起こらないのである。その人間には大きな問題があるが、存続してもらう必要がその共同体理念的、あるいは実物的にある場合であったり、その人間を格好の餌食として弱者と見做し、非難罵倒中傷、そして暴力し、自らの優位性を見せしめることもある。

 

これらはそれぞれ、私には最低最悪の構造であり、悪しき「常識理念」であると感じる。

といいたいところだが、多数決のよくないところはこの「多数決」を批判している自分が相対化され、懐疑に陥ってしまう点であろう。今はそんな細かい話は置いておこう。

 

 

なぜ、多くの人は謝罪を求めるのか。謝罪とは屈服ではないのだ、その人間の指摘されうる点を認め、更にそれによってある人間が実物的かつ精神的なダメージを負ったときにされるものだ。そこには「共同体」も「お客様」も介入させるべきではない、個人対個人になされるものであり、個人対共同体はありえない。これは神への懺悔と同じではないか。世の中で、狂っていると思われる多くの共同体では、謝罪が軽量化されすぎである。谷崎も言っていたが「日本語と云うものは相手を敬い、己れを卑下する言葉は驚くほど豊富」なのである。日本語は使用者を間違えると堕落した言語になる。

 

ごめんなさい、すいませんも言えない子は人としてどうなのか。というような教育、己れのプライドを損した事事を、他者にしか求めない愚かさ。そして生き殺しのようにその場には居座らせようとする鬼畜。さて、私は間違えているのか?

愛書狂

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9月も後半である。過去記事の日付を見るたびに1ヶ月以上経過していて妙な感じだ。以前より本を読めるようになったし、買う本も減った。ただずっと仕事漬けになっていて、睡眠障害のような症状が出たり、入院したり、仕事で神経をすり減らしたりしていた。ああ仕事したくねえ、適当にやって適当に稼ぎてえ。と思ったので、生活レベルを下げて読書に打ち込むことにした。

以前まで精神が居場所を欲して泣いていたのに、ずっと我慢させていると文句を言わなくなってきた。えらい。一人遊びが上手になり、空想上の友人を作り上げて対話訓練をしたり、愚痴を言い合ったり、今後の指針について話し合うようになった。そうすると不思議なことに、最低限だと思っていた人間関係をさらに絞ることができ、省エネにつながってきた。

 

とりあえず今月もあと少しなのだが、今までの読書傾向からすると1冊も読み終わらないだろうから、いっそ数冊に絞って順番に読んでいく事にする(上 写真)。究極的に飽きが早く、本なんかで言えば前書きを読んで飽きることもある。ちょっとこれではよくない気がしたので「すべてのページに風を通す」くらいの気持ちで読み通してみたいと思う。

 

 

ブログもいつの間にか月単位での更新になってしまっているので、最低でも2週間に1度は更新するようにしたい。自分の行動に期日を求めるタスクを若干組み込み、そこを行動修正の基点にしようと思う。ここで悲しいことばかり書いても仕方ないので、書くのは今まで通り読んだ本の若干や、深化させられそうな思い付きになると思う。ともあれ、下書き無しで書くので薄っぺらいかと思うが、それくらい軽い気持ちで書いたほうが続くだろう。