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美意識

音は汚れていて、無は美しい。

 

私はどうやらそのように感じているらしい。美しさとは震えるような、心の叫びを伴う。私は感覚により知覚されるものに敏感であるようだ、その知覚させる「モノ」に対して心が動くとき、私は「美しい」と感じる。

 

心の動きを知らねばならない。自分に正直であるには、また自分を主体とするならば自分の心の動きを把捉せねばなるまい。それがカオスであっても、コスモスであってもだ。

 

根源的「一」を求めようとする態度ではカオスは掴めない。そのときにただ「掴めないモノ」として終結させることでは、自分を掴むことなどできない。自分でない何かに動かされ続けるのだ。

 

美に忠実であることは、自分の心を知ることと同一。であるならば、自分の感覚をつねに研ぎ澄まさねばなるまい。なにかを見る、知る、感じ取るときのメタ認知から主体的認知へと移行するときに「美」が生まれる。

 

私自身の美意識が、人間においてどの程度普遍的かは知らない。だがこの美意識を追求したひとびとのことを今想えば、かれらは何を索めようとしたのか少し私にもわかるようである。